1951年 電力国家管理体制見直しで東電設立
2002年 原発トラブル隠し発覚。歴代社長経験者4人が辞任、勝俣氏が社長に就任
08年 清水正孝社長就任、勝俣氏は会長に
11年 3月 東日本大震災で福島第1原発事故発生、計画停電実施
5月 政府が東電の賠償支援や公的管理の枠組みを決定
6月 清水社長辞任、西沢俊夫常務が社長に
9月 政府の原子力損害賠償支援機構が設立
11月 東電と支援機構による「緊急特別事業計画」を政府が認定、公的資金による資金援助を初めて受ける
12月 政府が福島第1原発の「冷温停止状態」を宣言
12年 3月 支援機構に公的資金1兆円の資本注入を申請
4月 企業向けの値上げを開始
新会長に支援機構運営委員長の下河辺和彦氏内定
5月 新社長に広瀬直己常務が内定
政府が「総合特別事業計画」を認定
家庭向けの値上げを政府に申請
6月 株主総会で政府の資本注入、新経営陣の承認
7月 家庭向け値上げの政府認可
政府が支援機構を通じて1兆円を出資、実質国有化
(注)12年6月以降は見込み
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原発の安全へ現状超える対策必要 東電・勝俣会長 2012/6/26 2:00 http://www.nikkei.com/article/DGXNASDD250LD_V20C12A6000000/?df=6 |
――東日本大震災と原発事故の前、日本の官民は原発のインフラ輸出に力を入れていました。当時の武器は、地震大国の日本でも通用する技術。ある意味、「世界一安全な原発技術だ」と訴えていたように思えました。「メード・イン・ジャパン」の安全規制まで海外に出そうとしていました。しかし、その日本で原発事故が起きた。
「例えば、トルコなんていうのは、けっこう地震が多いでしょう。逆の立場だったら、トルコから見て、やっぱり選ぶなら、日本の原発だろうな、とは考えていました。言ってみれば、設計ベースというものでは、これが考えられるギリギリの一番高い線でものを作ったりしているわけです。それを超えるという事態は、あまり考えてなかった、というのが実態ですが、それをはるかに超える津波が出てきて、一気に電源喪失っていうような事態になった」
「あたしなんかは、ベトナムに原発輸出をするときに、経済産業省側に、『日本の規制のあり方をそのまま持っていったら、ベトナムは絶対できないですよ』と話していました。(日本の)あれだけきめ細かい、というか、重箱の隅を突っついたような規制を持っていって、それを向こうでやってもらおう、と言ってもできないから、国際基準という視点から考えてくれ、と」
――原発事故の対応は関係者の総合力が試されます。今回の事故では、官邸の役割、東電の役割、保安院の役割というのが改めて注目されました。官邸の現場介入なども指摘されています。
「経産省原子力安全・保安院と東電の関係はきちんとしています。原子力災害対策特別措置法の10条や15条で定められた連絡ルートがあります。東電側から保安院に出して、いろんな情報伝えるとか。平時だったら、我々が官邸にストレートに情報を出したら保安院が怒るに決まっています。だから、本来は、保安院から官邸っていうルートでしょうね。そうでなければ、オフサイトセンターを通じて官邸にも回っていくと。ところが、今回はオフサイトセンターが動かなかった。どうして保安院から官邸にうまく情報が伝わらなかったか理由はよく分からない。ただ、基本的には、菅さん(菅直人前首相)が私的な人たち集めて、組織として動かなかったっていうことが一番の理由じゃないですか。それに、携帯電話も通じないような危機管理室っていうのは、やっぱりあり方として、おかしいのではないでしょうか」
■「会長、社長の不在はたまたま」
――「原発の番人」となる原子力規制委員会ができれば、変わりますか。
「よく分からない。ただし、首相以下の役割というか、官邸や内閣府の役割をきちっとすることが大事だと思います。それから危機管理監の役割も。例えば、自衛隊や消防庁をどういう風に動かすか。そうしたことが、まず一つあると思います。一方、電力会社には何と何を義務付けるっていうようなことも不可欠です。その際に今の規制そのものを変えるんでしょうね。『重箱の隅』型じゃない規制に。これだけは責任もって事業者にやらせる、しかし、ここは官としてきちっと指導するなりやるぞ、っていうような格好です。だから、今の規制を基本的に見直していかないと、ダメだろうと思います」
――東電の経営陣も危機管理はどうだったのか。勝俣さんは東日本大震災の当日、中国出張でした。清水さん(清水正孝前社長)も関西に出張。2人とも本店に不在でした。それが社内の混乱に拍車をかけたとも指摘されます。トップ不在はたびたび起きるのでしょうか。
「不文律的には、それはもうずっと言い伝えで、我々も気をつけていたつもりなんだけれど。私はたまたま、中国出張の団体の団長をやってくれっていうことで、出ていました。言い方は悪いんですが、(2人とも不在だったことは)たまたまでした。いちいちどこに行っているか、なんて聞いてるわけではないですから。ただ、ちゃんと情報が入らないのはおかしいです。情報が入ったときに互いの予定を調整できたかどうかというのはまた別の問題ですが」
――事故当日は、東電管内を中心に東日本地域の多くで、電力の安定供給が失われました。東電は初めて計画停電の実施に追い詰められました。
■「計画停電は残念だが仕方がなかった」
「お客さまからすると、いろいろ批判があるだろうと思うんですけれど、いってみれば、発電能力で2300万キロワット分ぐらい、つまり東電の3分の1(の発電設備)が一気に止まったわけです。当時でいえば、回復の見込みは、『明日できる』とかそういうものではなかった。仕方がなかったとは言えますが、やむを得なかった。悔しいけれど。結果として、1週間もたたないうちに決めて(計画停電を)実施したわけです。そのとき、いろいろ課題が出てきました。『東京23区は何で止めないのか』という話から、送電線なり変電所につながっているラインがいろいろあって『俺のところは止まっているのに隣はなぜ動いているんだ』という話まで。確かに、いろいろな問題はあった。ただし、計画停電は戦後の混乱期は別にして、初めてです。だから、非常に残念だけど、あのときは仕方がない、と考えました」
――計画停電を含め、東日本大震災は日本の電力システムの弱さも浮き彫りにしました。悔しいと思うのなら、変えていく必要があります。課題は多いです。例えば、電力会社同士をつなぐ“電気の動脈”が弱い点。周波数が違うために、西日本の中部電力や関西電力から東日本の東電や東北電力に電気を送ることができなかった。コストがかかろうが、周波数変換装置(FC)の能力増強などは不可欠です。
「東西連携の話ですよね。ものすごく地元に反対されたFCもある。最後は地中線で、中部電力さんが入れる事態になった。そのぐらい非常に難しい点はある。つまり、30万キロワット分とか50万キロワット分の変換所を作ればいい、という話ではなく、その両側に送電線をしっかりとぶら下げないといけないっていうことが難しい。コストも結構、高いんですよ。それなら、近くに予備の発電所を置いて、予備力をもっと増やした方が安いじゃないか、とか様々な考え方はあります。ただし、今の考え方はFCの能力増強でしょうね」
――東電はもちろん、電力システム自体にも見直し機運が出ています。批判の的は、電力会社に許されてきた「地域独占」、コストを料金に転嫁できる「総括原価方式」。戦後から続く電力業界の根本的な仕組みです。見直すべきところはありますか。
「甘いところは当然あるんだから、そこは直していくということでしょう。ただ、東電は1980年に値上げしてから値下げを続けており、電気料収入に換算すると、兆円規模で下げたことになります。電気の質も非常にいい」
――電力会社が発送電を一貫して担う現状を改め、発送電分離を進めようという議論が進んでいます。メリット、デメリット両方あると思います。変えるべきか、変えないほうがいいのでしょうか。
「私自身は今の段階で分離しても、競争が促進されて料金が下がるっていうことはないと思っています。というのは電気の供給力が不足している状況だから、料金が下がることは起こり得ない。逆に分離した場合、誰が安定供給の責任を負うんでしょうか」
「発電と送配電を分ける場合、送電線を作るのが一番難しい。ものすごく苦労して作り、今はどこにでも整備された状況になっている。もし送電の専門会社ができたときには、お客さまは送電網を整備してほしいという要請は、送電会社ではなく電力の小売りを担当する企業にすることになる。そういう意味で、送電会社には切迫感がなくなると思う」
――家庭向け電力販売の自由化については、どうお考えですか。
「自由化はいいんですよ。5年くらい前に電気事業連合会の会長だったときに自由化の議論があり、そのときにはOKっていう会社と、反対する会社があった。自由化するかどうかの判断は消費者にお任せしますっていう判断になりました。消費者団体の代表さんたちは『今回は見送りましょう』という方向になり、今に至っています。問題は、海外の事例で自由化したときに料金が上がるケースがあることです。化石燃料が上がればその分だけ上がっていく。だから自由化するときには、何を規制の対象にするかという議論をしっかりしないと、顧客にとって決して得にはならない話にならないでしょう。競争相手が出てくるには、供給力がたくさんある必要がある。PPS(特定規模電気事業者)に切り替えようと思っても、PPSに供給余裕がない現状下での自由化論は難しい。別に自由化することに反対しているわけではないです」
■「海外では電力会社は巨大化しつつある」
――現在、電力会社間の相互供給が物理的に難しい沖縄電力を除き、大手電力会社が9社あります。9社が地域独占の殻を破って越境して販売する例はほとんどありません。
「唯一の欠点はそこです。これまでの自由化で、ある意味では公正な競争をやってきたつもりです。でも、9電力間の競争はない。みんな、仁義を守っているんでしょうか。様々な意見があるのですが、例えば規模が比較的小さい電力会社が他社の領域に進出したら、今度は資本力の巨大な会社にガタガタに顧客を取られる可能性も出ます。そうなるとおっかなくて進出できない。言ってみれば仲よく暮らしているわけで、それが批判の種になることは、正直あります」
「東電が出て行くとすれば、供給する電気の周波数が同じ東北電力さんのエリアでしょう。東北さんとは協調している部分がたくさんあります。相馬共同火力(福島県)など両社で運営する発電所もあるし、東北さんの女川原発(宮城県)の電気ももらってきた。東電としては原子力の立地を拡張しようと思えば、東北さんのエリアに頼るしかない。そこでお客さんをふんだくったりしたらどうなるでしょう。だから東北さんは大事にしていきたい。だから、東北さんのエリアで電力を売ることは考えないし、しないということです」
――ですが、現在のやり方はいつか崩れるでしょう。
「世界的な傾向では、電力会社が巨大になっていく過程にあります。以前の規模でいえば、仏EDFの次に東電が位置していた。でも、今はもう東電は7、8番目以下で、ドイツのエーオンなどが巨大になっている。日本の産業はよく、企業の集約が進んだ韓国に比べて競争力が弱いと指摘されます。電力もそう言われますが、まあ、そういうことです。ガス事業にも我々がすぐ乗り出すわけにはいかないところがあります」
――料金を決める総括原価制度についてうかがいます。もともとは事業者のかたが不当に値段をつり上げないための制度でしたが、現在は本来算入すべきでないコストまで原価に入れていると指摘されています。電力会社にとって総括原価制度は必要不可欠ですか。
「他に決め方があるのか、ということだと思います。総括原価制度で料金を決めているのは、電力だけでなく、鉄道やガスも同じです。世界共通の料金決定方式と言えます。中身をどうするかというのは、実践にかかっています。寄付金を原価に算入するなど、ある意味でやり過ぎだと言われるところはあるかもしれませんが、寄付金だって、広告だって、電事連のような団体費だって、必要経費的なところもあります。中身をもう少し吟味することが必要でしょうな」
「現在、東電の値上げを審議している有識者の委員会でも、日本原子力発電の東海第2発電所(茨城県)の再稼働の見通しが立たないのに、同社からの購入電力料を原価算入していることについて、議論されています。今回のように原子力が止まったときに、我々が基本料金を払わないということになれば、その会社はもうそこで終わりになってしまう。電力を買わないから、発電量に基づく料金の支払いは減りますが、基本料金は払い続けていないと、経営として長期にわたる投資は成り立ちません。そこまでしっかり理解した上で、不要かどうかっていう議論をお願いしたい。5年も10年も止まっていて払い続けることは問題かもしれないけれど、これからどういう風になるかわかんない段階ですから。総括原価の持つ意味合いを理解していただき、この費目はいらないとかという議論になっていかないと」
――社長時代を含めれば、経営トップの在任は10年間。何を残せましたか。
「協力会社を含め、原発をしっかりとコントロールするため、規制改革を保安院に求めたこともありましたが、直らなかった。3次、4次の協力会社、さらなる協力会社も入っている現場の末端のところまできちっと整理をして、我々がしっかりとコントロールできるような規制を、と考えた。現場の人たちをしっかり分かっているような体制づくりです。しっかりと目が行き届くようにして、現場を含めて技術力を上げるような仕組みにして、稼働率を上げたかった。規制がらみの書類ばかり作らされている状況というのはどうか、とも考えました。しかし、できなかった」
「これも中途半端になっているのだけれど、海外の電力事業は、非常に成果を出している部門です。アジアの新興国はこれからも、まだ高い経済成長が続き、電気が足りなくなります。今までに進出したフィリピンでも、ベトナムでも、インドネシアでも、みんな成功していると思います。利益を出していると。これからがチャンスということで、もっともっと乗り出そうと考えていました。ある程度、(東電の)名前も売れて、『一緒にやらないか』という話も出てくるぐらいまでいったところで、挫折しちゃって。お金がないから仕方がないですが、これはどこかで復活させて欲しい」
――27日の株主総会が終われば、もう出社しないのですか。
「あんまり出社するつもりはないのだけれど。故事来歴とか、いろいろ何か照会事項でもあるようなら、もう飛んでくるっていう感じですか」
――法的整理なら、日本航空や米ゼネラル・モーターズ(GM)は、混乱を避けるため、利害関係者とあらかじめ債権のカット率などを決めてスピード再建を目指す「プリパッケージド(事前調整型)」の法的整理に踏み切りました。そんな選択肢を実行する時間も余裕もなかったのですか。
「はい。それと、仮に破綻でもいいのですが、(破綻後の東電の)引き受け手はもう国しかないでしょう。賠償と廃炉があり、結局、そういうことになる。その他もろもろのことを考えたときに、国家的な負担が今の形(原賠機構のスキーム)よりもおそらく大きくなる、というのが、おそらく国の考え方だったのだと思います」
■「国がつぶさない判断をした」
――更生法適用を申請すべき、という意見はまだあります。東電の家庭向け値上げ申請を検証する経済産業省の有識者会議「電気料金専門委員会」の安念潤司委員長(中央大法科大学院教授)は先日、「会社更生(法の適用)をしておくべきだった」と発言した。
「それは、知っています。しかし、委員会では続きがあったのでしょう。要するに『国がそういう(つぶさない)判断をした』と。そういうこと、なんだと思いますよ」
――その代わりに生まれた原賠機構のスキームには、様々な評価があります。「東電に甘い」という声が根強いですが。
「いろんな交渉をした過程で、政官界から、いつも『それじゃあ国民が承知しない』と言われました。こんな信用のない東電、要するに原子炉の被害を起こして全く信用が失墜している東電に、政府が手を貸すなんてことは、『絶対に国民が信用、信頼、OKしない』と。このセリフは何回いわれたか」
――東電の経営再建はまだ終わっていません。先ほど「原賠法や原賠機構法の見直しが第2ステップ」であると。公的資金を使った資本増強などの財務体質の改善、合理化計画の策定といった第1ステップが終わったということですか。
「その前に料金(の値上げ)と柏崎(刈羽原発の再稼働)。これが第1ステップと言ってもいいんだけれど、とにかくここがしっかりしないと、財務基盤が弱いままです。値上げがなければ、金融機関も引くでしょう。1兆円(の追加融資)の条件には、値上げが入っています。柏崎刈羽の再稼働だって、そう簡単にいくような話ではない」
――地元の理解が大前提になる。
「はい。新潟県知事も技術委員会を開いたり、福島原発でどんなことが起きたんだろう、とか、大変勉強されていますから。しっかりとした対策をとり、それが納得されるか、地元はどう考えるか。それらを乗り越えていくのは、大変なこと。いずれにしても、2012年度は赤字ですからね。柏崎が動いて、2013年度でやっとトントンぐらいになるぐらいの話だから。その間にリストラ。リストラというか、いろんな合理化策。いろんなことを進めながら、ということだから。まだまだ大変ですよ。いや、これからのほうがむしろ大変です」
――今後の経営を考えると、福島第1原発1~4号機の廃炉作業は長く、費用負担も重い。昨秋には、1~4号機を東電本体から分離する構想があったと聞きますが。
「最初から分離論っていうのはあるんですよね。(事故が起きた福島第1などを切り離す)『バッド東電』とか」
――昨年5月ごろからですか。
「はい、(考え方は)あるんです。しかし、おそらく国の方では『カネだけかかる』と踏んだんでしょうね。要するに、東電から、現時点で(廃炉対象の原発を)離すことはノー、という前提です。だから、今一緒の格好でずっとやっています。だから、それをやるには、しっかりと廃炉費用をみてほしいと私は言っているのですが。中長期的には、(廃炉費用をまかなうための)基金をつくるという構想もあるし、外国からも集めるとか。研究開発拠点を設けてやるんだとか。いろいろ話はあるけれど、尽きるところはお金の工面なんですよね。ホントは今からでも(廃炉の支援は)欲しいところです」
――原賠機構法などの見直しで、「グッド東電」と「バッド東電」、あるいは「新旧分離」といった議論は出てきますか。
「これからどう考えるかっていうのはあるけれど、そこ(バッド東電)を誰が面倒みるんだっていったときに、おそらく東電以外にはやっぱりないんだろうと思います。結局、誰が廃炉費用を負担するのか。税金でまかなうのか、電気料金でまかなうのか。なかなか答えが出ないです」
――仮に、廃炉費用など不透明なコストがある程度分かり、原賠機構法などの見直しの動きも出てきたとします。事業体制を一気に変えるなら、法的整理をからめて、一気に新しい東電として出直すようなこともあり得ますか。
「そういう考え方もあるかもしれないが、なかなか乗らないのでは。従業員とか、そういう側面にどういう影響があるか、といったところはもっと勉強しないと、余計なことはいえないけど。今はもうノーコメントだけど、いろんな考え方はありますよ。だけど、結局、東電だけで全部自立してやってくっていうのは、大変厳しいわけです。だから、除染を誰が面倒みていくのか。賠償の負担のあり方はどうしていくのか。廃炉の費用は料金でどの程度まかない、あるいは研究開発費用でどの程度まかなうとか、そういうことがある程度見通しがないと。結局、お金なのです」
――東電の経営が揺らぐと、核燃料サイクルなどへの影響も出るのではないでしょうか。
「東電からお金を出しにくくなると、他電力などの負担がどうなっていくのか、という議論があるでしょう。だから、そういうことも含めて、原子力をどう考え、どう政策を出していくのか。官民のあり方、あるいは官民の合同のあり方を含めて、議論はいろいろあると思います。これは私が話すようなセリフではないですが」
――東電本店で指揮をとる経営陣には、原発事故の被災者はもちろん、事故収束の現場を軽んじているのではないか、という批判がつきまといます。勝俣さんは福島県を訪問することすらなかった、と言われている。
「行っています。福島第1原発には防護服を着て入りました。しかし、被災者のお住まいには行っていません。正直いって、どうしようか、と考えました。例えば、1カ所に行けば、他はどうするんだ、となってしまいます。全部回りきれるような話にならないんです。原発事故以降、土曜でも、日曜でも、会社の方向性を決めるっていうようなこともあるわけです。できないことを言うことは、やはり差し支えがあります。だから社長や業務執行を担う役員に行ってもらいました。そういうことです。ただ、今回の事故では、福島県民のみなさんをはじめ、国民の方々に大変ご迷惑をおかけしました。おわび申し上げたいです」
■「データは隠していない」
――勝俣さんは原発データ改ざんやトラブル隠しが問題になった2002年に社長に緊急登板しました。直後は、そういう不正について「しない風土、させない仕組み」を訴えた。それから10年。原発事故では、情報公開のあり方が問われました。
「(社内改革は)もちろん全社が対象ですが、特に原子力部門。もうデータの改ざんや隠蔽はないと言えます。今は、何でも公表していくという風土に変わったと思っています。今回の事故でも、データは隠していない。ただ、データがとれなかった。つまり、計測器が壊れて、データをとれなかったっていう問題がありました。それから、データがとれていたとしても、建屋の中にあるため、なかなか取りにいけなかったこともあります。爆発や何かがあって。それで、情報公開が遅れたことはかなりあって、批判を受けたことはあります」
――社内改革がある程度進んだとしても、今回の事故の遠因として、重要な情報が共有され、適切に経営判断されていたかは分かりません。例えば、「想定外」とされる今回の津波も、2008年時点で原子力部門が「10メートル以上の高さの津波が来る恐れあり」と試算しながら、対策をとらなかった、という指摘がある。リスクを経営層で真剣に議論していなかったのではないか。
「うちの(専門家である)地震屋さんたちは、いろんな知見とか、あらゆるものに目を配ってやっていましたが、彼らは(今回のような高さの津波が)来ると思ってなかった、っていうことでしょうね。少なくとも蓋然性はない、と思っていたのだと思います。あの試算もむしろやってない方が不思議なくらいです。(869年の貞観地震で大規模な津波が東北地方を襲ったという)産業技術総合研究所の方からの意見もあり、あれほどの津波が来るとは思ってなかったけど、一応、土木学会に調査を申請した。いろんな説、学説やなんか、たくさんあるわけです。それを全部取りあげて対策を講ずることはできない。それで、土木学会にお願いしたということです」
――確かに全部の試算に基づき、対策をとることは資金的にも時間的にも難しいかも知れません。ただし、かつて東電には、「(社内に)法律や規則を金科玉条とする向きがある」と自己批判した経営者もいました。「ルールさえ守っていればいい」という考え方ではなく、それ以上を求めていく考え方はなかったのでしょうか。反省すべき点があるのでは。
「例えば、想定津波の高さも、3メートルから始まって6.1メートルまで、徐々に変えているでしょう。その意味では、いろんな情報に目配り、気配りはしていたと思います。しかし、15メートルの津波が来るってところまでは思いが及んでない。結果論からいえば、足りなかったのです。B5bとか、そういう発想がまったく。私を含めて抜けていた。(今回のような津波が)来なかったと思っていたってことは確かです。ただ、可能性も分からないから、土木学会に申請しました、と。B5bみたいな考え方であったら、『そうなったときの準備として何かこういうことをしておこう』となったかもしれません」
2011年3月11日の東日本大震災、福島第1原子力発電所事故で、電力業界のガリバーとして日本経済を支えてきた東京電力の経営は暗転した。注がれる社会の視線も一変した。その結末が東電の実質国有化だ。原発事故は防げなかったのか。国有化は当然の選択だったのか。そして、新たに発足する「新生東電」と電力業界はどこに向かっているのか。27日には株主総会が開かれ、事実上の経営トップといえる勝俣恒久会長は引責辞任する。胸中を聞いた。
――きょうのインタビューが最後かもしれません。
インタビューを受ける東京電力の勝俣恒久会長
「はい、もう最後です」
■「原賠法は欠陥法だった」
――27日の株主総会で、東電の実質国有化が決まります。原発事故から間もない昨年3月末の記者会見で「民営でありたい。(国有化回避へ)最大限の努力をする」と述べた。どこがターニングポイントでしたか。
「一言でいえば、やむを得なかったことかな、と思います。選択肢としては、最初、3条ただし書き(原子力損害賠償法=原賠法=3条には「異常に巨大な天災による事故は電力会社の賠償責任にならない」というただし書きがある)でできないか、というのがあって。もう1つは、会社更生法の適用申請なり、あるいは破綻という問題もあったかもしれない」
「一番効いたのは、(福島第1原発1~4号機の)廃炉の特別損失もあるんだけど、原発が止まって、もう1兆円近い赤字だったわけですよね。そこに、残念ながら、事故を起こして大変厳しい状況ですぐに値上げなんていうのはとてもできるようなムードじゃなかった。そこで、1兆円の負債を抱え込んだ。そこが一番、厳しい状況に追い込まれたもとだ、と思います」
――東電は当初、3条ただし書きの免責条項を主張していましたが、徐々に触れなくなった印象があります。
「いや、何かあったわけじゃないけれど。弁護士さんたちも、基本的に3条ただし書きでやって(法的に)勝つ可能性があると話していました。ただ、その裁判の相手が、国じゃなくて被災者になってしまう。例えば10万人の被災者の方がいたとして、何らかの格好で賠償を求めてくるのも裁判で扱って、そのときに『3条ただし書きだから我々は無罪。免責だよ』と主張して裁判をするとしましょう。そうすると、決着するには数年、どうやったって数年かかりますよね。要するに、被害を与えておいて、避難所にいる被災者の方相手に裁判して『我々は無罪だ』と主張することができるのか、と考えました。原賠法が(事故の賠償の負担などについて不明確な)欠陥法だった、ということを、しっかりと確認してなかった。それが、1つ目の反省材料になるのかもしれない」
――被災者に「3条ただし書きだからこれは違う、我々の責任じゃないですよ」と主張して、相手を困らせてしまうことを避けたかったのですか。
「そういうことを続けてったら、社会的糾弾も激しいでしょ。銀行もカネ貸してくれなくなるかもしれない。だから、つぶれちゃうっていう可能性だって充分あるわけです。それも長期間にわたっての裁判になるから」
――昨年の3月、あるいは4月ごろには、3条ただし書きをもう主張できないとご自身で判断していたのか。
「時期はあんまり覚えてないですけれど、どうも基本的に難しそうだ、という感じは非常にありました」
――5月にかけて、現在の原子力損害賠償支援機構(原賠機構)を使った政府による賠償支援のスキームづくりに焦点が移っていきます。やはり、4月には3条ただし書きは主張しないと判断していましたか。
「だから、原賠法16条(原子力事業者が損害を賠償するために政府が必要な援助をすると規定している)を使うことにしました。政府と交渉して、16条をどう使うかという交渉になった。いろんな条件を(政府から)突きつけられて、受けざるを得なかったと、ということです。『3条ただし書きを使ったら、どうだったんだろうな』というのは、私の頭の中には絶えずあった。(政府との)交渉の過程でも思っていたけれども。基本的には16条の申請をしたタイミング(昨年5月10日)で、3条ただし書きを使う考え方は捨てた、ということになるのかもしれない」
――昨年5月の大型連休中、16条に基づく援助申請を前に、政府と東電側で水面下の交渉がありました。「東電が負担する賠償の上限は5兆円」という話も出ていましたが、結局は「東電の負担は上限なし」で決着した。それで怒って帰宅しましたね。
■株主から突き上げ
「そこまで覚えていません。それはムッとすることもあったかもしれないけれど。要は、政府の方、これはおそらく財務省でしょうけれど、賠償の総額が分からない中で、国の負担を求めても難しいよということだったのでしょう。『3条ただし書きを使うべき』という考え方は、その後もずいぶん、株主や外国の機関投資家からは言われましたよ。『何で闘わないのだ』ってね」
――日本の財政事情は苦しい。政府の債務を膨らませたくないという財務省や政府側の主張は受け入れたと。
「それは、ある意味、当たり前ですわな。その省にある人では。ただし、これから、原賠法と原賠機構法が見直される。そのとき、どう国のあり方、負担のあり方を考えるか。1つの大きな課題なんですよ。それが(政府による東電支援の)第2ステップですよ。原賠法の見直しは、ホントは今年の8月からの予定だったのです。原賠法の見直しは1年以内と決まっていた。ただ、今の政治情勢とか、原子力政策そのものもきちっとしてない中で、そう簡単に国の負担とか、原子力のあり方そのものも決まらないのが実情でしょう」
「例えば、これから1年とか2年の間で、賠償総額などが分かってくるでしょう。廃炉費用も。今一番、どうなるか分からないことが除染(の費用)ですよね。これは、政府負担でもいい、という人もいるし、いろんな意見があるのだけれど、曖昧です」
――「原子力規制委員会」の議論は遅れた。来年は原賠法や原賠機構法の見直しの動きがセットで出てくると期待しているのですか。
「と、いうことを希望していますけれども。ただ、政治がどうなって行くのか分からないので、何ともいえないけれど」
――賠償や廃炉などの負担の問題はまだ終わりません。今回の事故を踏まえて、民間企業の電力会社が原発を運営するリスクは大きい、と考えたことは。
「非常にリスクが大きいということは、如実に実感、体験しています。今回の事故に鑑みて、原発の安全対策を設計ベースだけでなく、それを超えるものまでやらなくてはならない。例えば、『B5b』(米原子力規制委員会=NRC=が2001年の同時テロ後に発した原発の安全対策)のようなこととか。そうした見直しをしていったとき、(原発の事業主体が)民間なのか、国なのか、という議論があるのだろうと思います」
国会が設置した東電福島第1原発事故調査委員会に参考人として出席、質問に答える東京電力の勝俣恒久会長(5月14日、参院議員会館)=共同
――ご自身は民間がやったほうがいいという考えですか。
「国がやろうっていってもね…」
――できないですか。
「そう。そういうことですよ」
――1966年、茨城県東海村で、日本で初めての原発が営業運転を始めました。それから半世紀近く、日本の原発は、国が政策を立案し、民間の電力会社が運営してきました。まさに「国策民営」です。しかし、事故後は「民間に原発を任せられるのか」、つまり原発国有化という議論も出てきました。国策民営は限界ですか。あるいは、条件を整えれば、続けるべきでしょうか。
「原子力が必要な電源であることは間違いないです。我々はエネルギー源の多様化ということを考えなくちゃいけない。そのときの主力の1つはやはり原子力です。しかし、危機対策、つまり、万が一のことが起きたとき、どうするかが大事です。(今回の事故は)初めての体験だから、事後処理だって必ずしもベストであったわけじゃないわけです。何かしらのやり方はあるのかもしれないが、私の口から話すことは立場上難しい。もう少し幅広くみんなで議論していくのではないでしょうか」
■「津波で徹底的にやられた」
――世界を見れば、日本とは少し事情が違います。米国では、原発事故の事業者の責任に上限を設けたプライス・アンダーソン法があります。原発運営の基本は民間。そして、安全対策は独立性が高いNRCが監視する。国と民間の責任や役割は日本より明確に見える。例えば、米国型などが参考になりますか。
「そういうあり方はあるでしょう。米国も過去は規制が非常にダメだったんだけれど、立て直した。NRCもやはり、そこに実力のある人たちを育てた。猛烈に電力会社に指導できるような。人を育てることは大事なんです。そうすれば、安全対策も含め、民間で、ということもあり得ないことではない、と個人的には思います。(東日本大震災では)あれだけの地震が来ても、何とか頑張った。まだまだ全部調べたわけではないけれども、主な機器はみんなきちっとしていた。それも含めて今の安全対策で十分と考えていた。しかし、今回は、それを、とてもとても超える津波の問題で、徹底的にやられてしまった、ということですよね。だから、(大きな津波が)来るっていうことを前提に、いろんな対策を講じておくべきところができてなかった。結果論でいえば、ですが」
――冒頭、「会社更生法」の可能性にも触れていましたが。
「更生法を使ったらどうなるのだろうと。そのときに一番問題だったのは、賠償総額と廃炉総額が決まらないから、実際の適用申請は難しいと考えた」
――4月から5月にかけての原賠機構のスキームづくりの前ですか。
「いやあ、それは、まあね。要するに、何がいいのか、と。安定供給が覚束ないなか、賠償も仕組みがまだまだできあがってない状況だった。原発事故の収束作業でも、ホウ酸水の問題などが続いていた。そんな中で、会社更生法適用の申請なり、経営破綻なりがあったら、オーバーにいえば、国としておかしくなるのではないか、という感じはありました」
2012年
7月31日 政府の原子力損害賠償支援機構が東電に1兆円を出資。議決権の50.11%を握り、実質国有化
9月1日 家庭用電気を8.46%値上げ
11月7日 社外取締役が会見し、賠償、廃炉、除染などの費用について政府に追加支援を要請
2013年
1月1日 福島復興本社を設立
4月1日 持ち株会社化を視野に入れた社内カンパニー制を導入
4月5日 福島第1原発の地下貯水槽からの汚染水漏れが判明
4月26日 下河辺会長ら社外取締役全員が安倍首相と会談。安倍首相が「国が一歩前に出る」と発言。社外取締役全員が続投の意志固める
5月24日 火力発電所の新設入札を締め切る。東電は中部電力と組んで発電所を共同建設へ
6月26日 株主総会
11月 福島第1原発4号機の使用済み燃料プールから燃料棒取り出し開始
秋メド 総合特別事業計画を改定
秋以降 柏崎刈羽原発の再稼働
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漂流東電、「電力村」で孤立 戻らぬ自民との蜜月2013/6/17 7:00 http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK14046_U3A610C1000000/ |



